つくしブログ

大宰府防衛の要・『水城』

このブログ記事は2016年に投稿された内容です。つくし青年会議所は1年ごとに役職や活動内容が刷新されますので、この投稿の内容は最新のものではない可能性がございます。予めご了承下さい。


こんにちは。総務・例会運営委員会の日下部です。さて、今回は『水城』をご紹介します。現在は緑が生い茂る小高い丘になっておりますが、筑紫の歴史を語る上で重要な史跡の一つです。この土塁が造られた背景には、663年白村江の戦いがあります。

当時、朝鮮・百済と友好関係にあった倭国は、660年に百済が唐・新羅に滅ぼされた際、復興の援軍を派遣します。これによって起こった戦いが「白村江の戦い」(倭国・百済連合軍VS唐・新羅連合軍)です。この戦いに倭国は敗北ました。敗北を背景にして逆に侵略の脅威にさらされることになり、この『水城』・『大野城』・『基肄城』などを築き、大宰府防衛を確立します。

水城は、大宰府への入り口。福岡平野が最も狭くなる場所に存在します。長さは1.2Kmに及ぶ巨大な土塁でありました。同じく大野城・基肄城も造成されたことから一大プロジェクトであったでしょう。そして、大宰府がいかに重要な施設であったかも想像できます。水城造成から1350年。長き月日を経て今なお、その面影を見ることができる。筑紫(つくし)の地はそうした歴史と魅力の詰まった街なのです!!

つくし最高!!

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水城の画像です。四季によって雰囲気が全く異なります。当日は雨でしたので、あまりよい写真がとれていません(涙)。

 

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水城跡には、史跡解説員の方々が待機されております。案内看板などございますが、やはり専門家の説明を聞くのが一番分かりやすい。水城の持つ歴史的な背景など詳しく解説頂けます。まさに太宰府通の猛者達がおられます。

お越しの際はお声かけ下さいとのこと!!

太宰府市史跡解説員待機時間:金・土・日 10:00〜16:00

 

 

 


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